話: 齊藤千鶴子学芸員×金子信久学芸員
ついにオープンしました。へそまがり日本美術展@札幌。本展企画者の府中市美術館の金子信久学芸員は、開幕前から札幌入りし、作品の展示に立ち合い、開幕の日には講演も行いました。というわけで、図録編集チームも東京から行って参りました! そして、開幕準備真っ最中の北海道立近代美術館の齊藤千鶴子学芸員と金子学芸員に対談を依頼し、北海道の「へそまがり日本美術展」(以降、「へそ展」と略)の見どころについて、伺いました!
──夏休みを挟んだ、この季節の展覧会、他にも色々候補があったかと思うのですが、その中からなぜ、「へそ展」の開催を決めたのでしょうか?
齊藤千鶴子(以下、齊藤) まずは、「へそまがり日本美術」という企画の「楽しさ」「面白さ」が魅力的だったからです。単純な言葉でひとくくりにはできませんが、へそ展の持つそうした要素が、私たちが今、美術に求めるものと合致した、というところが大きいと思います。
──普段、北海道立近代美術館では、どのような展覧会が開かれているのでしょうか?
齊藤 道立館は6館あります。札幌には今回、へそ展の会場となったここ北海道立近代美術館とすぐお隣の三岸好太郎美術館の2館、そして釧路、帯広、函館、旭川と各都市に1館ずつ。それぞれの館ごとにコレクションがあり、特徴も違うのですが、札幌はやはり北海道の中心地ですから、北海道全体を見渡して、各地方の規模ではできない大きな展覧会を開催する場、という位置づけにはなっています。
金子信久(以下、金子) ここは北海道の上野ですよね。
齊藤 そうなんです。ですから、これまでは日本美術というジャンルで言えば、由緒あるお寺の宝物展であったり、あるいは横山大観や東山魁夷といった近代の有名画家ひとりを取り上げた、大型の展覧会が開かれてきました。ですから、今回のように、近世の作品でもいわゆる南画や俳画といった世界を真正面から捉えて扱う展覧会は、今までなかったのです。初めての試みです。
──齊藤さんは、初めて「へそまがり日本美術」をご覧になったときに、美術に対して「へそまがり」という表現を使うことを、どう思われましたか?
齊藤 仙厓とか白隠のような画家を「へそまがり」と呼ぶことは、当初からとてもよくわかりました。一方、フランスのアンリ・ルソーや三岸好太郎などの日本の近代絵画が入っていることを初めは意外に思いましたが、金子さんの解説を読ませてもらって「確かにそうだ」と、納得させられました。三岸は北海道では、大変馴染み深い作家ですので、その三岸が「へそまがり」のラインナップに入っていることで、へそ展と北海道との強いつながりも感じました。
白隠慧鶴《楊柳観音》は北海道展のみに出品される作品。写真は部分。
金子 北海道には、三岸を愛して止まない方がいっぱいいるでしょう。
齊藤 はい、根強いファンの方がたくさんおられます。でも、三岸好太郎美術館には、北海道だけでなく、全国から三岸ファンの方が訪ねてきてくださるんですよ。
金子 三岸ファンの方たちから、三岸を「へそまがり」とは何ごとか、と言われてしまいそうです。三岸はロマンチックなイメージもありますから。
齊藤 確かに、ロマンチックなエピソードが取り上げられることも多いですが、今回、展覧会をご覧になれば、「へそまがり」な側面もまた、三岸の魅力のひとつであるということに共感してくださる方も多いと思います。特に、ルソーの作品と一緒に見ることで、それがよくわかりますよね。
金子 大正時代、ああいう「素朴み」とか「稚拙み」というのは大流行し、いろんな人がそういう絵を描いたわけですが、今回の展覧会で、一番しっくりくるのは、三岸ですよね。わざと下手に描くって、実はとても難しいことなんだと思います。例えば、ルソーの周りにいた人たちって、今ひとつでしょう。ルソーは天然で、叶わないのかなあと思っちゃう。でも、三岸の初期作品は、ルソー風でありつつ、作品としてとても面白いんです。
齊藤 そうですよね。
金子 今回は、東京のへそ展ではお借りすることの叶わなかった作品が出るのも嬉しいことです。
齊藤 三岸好太郎美術館所蔵の《兄及ビ彼ノ長女》ですね。
三岸好太郎《兄及ビ彼ノ長女》北海道立三岸好太郎美術館蔵
金子 どうしてもへそ展に出品させていただきたい作品は3点ありました。《兄及ビ彼ノ長女》と《二人人物》《友人ノ肖像》です。三岸好太郎美術館さんも非常に協力的だったんですが、出品のお願いをした時には、《兄及ビ彼ノ長女》は年間予定のカレンダーに載せてしまっているから、ということでダメで……それで、《兄及ビ彼ノ長女》を除いて、《二人人物》と《友人ノ肖像》の2点を、へそ展に出品させていただくことになったんです。
三岸好太郎《二人人物》北海道立三岸好太郎美術館蔵
齊藤 今回のへそ展には、《二人人物》が出品されずに、逆に《兄及ビ彼ノ長女》が出ることになりました。でも、《二人人物》は、お隣の三岸好太郎美術館でご覧いただけます。しかも、今回は北海道立近代美術館の常設展にも三岸が出ていますから、この界隈、ちょっとした「三岸まつり」になっています。
北海道立三岸好太郎美術館で開催中の「貝殻旅行 三岸好太郎・節子展」は、へそ展と同時開催。《二人人物》はこちらで展示されています。
金子 実は先ほど、三岸好太郎美術館に行ってきたのですが、《二人人物》の解説パネルに「ヘタウマ」という表現が使われていて、少しほっとしました(笑)。
──三岸以外に、今回のへそ展で、特に面白いと思われた画家は誰でしょう?
齊藤 やっぱり長沢蘆雪ですね。へそ展は、蘆雪の面白さ、上手さに改めて気づかされた展覧会でした。
金子 蘆雪は本当に上手いですよね。
齊藤 いろんな表現ができる画家なんですね。この章にあっても、もっと後ろの章にあってもいい。どこにあっても蘆雪の個性がちゃんと出ているんです。かわいい子犬の絵でも、《郭子儀図》のような中国の歴史に題材をとったような絵でも、あっさり描いた作品でも、描き込んだ作品でも、どんなタイプの作品にも蘆雪らしさがすごく表れていて、そこに魅力を感じました。画家の振幅の広さを感じさせます。筆の運びを見ても、蘆雪は本当に上手いですし。
長沢蘆雪《郭子儀図》
──齊藤さんは、書がご専門ですね。
齊藤 ですから、絵画を見ていても、ついつい筆の運び、筆づかいに目が行きます。
金子 《郭子儀図》は蘆雪の字がたくさん見られる珍しい作品ですね。蘆雪は自ら絵に賛(注:絵の中に書き入れた文字)を書くことがあまりなく、蘆雪直筆の字は、落款(注:サイン)でしか見られません。
齊藤 そうですね。流麗なとてもいい字です。
長沢蘆雪《郭子儀図》より蘆雪の賛の部分。
金子 仙厓の書をどうご覧になりますか? 仙厓は能書家でしょう。
仙厓《豊干禅師・寒山拾得図屏風》(幻住庵蔵)より左隻
齊藤 蘆雪とはまた違う良さですよね。蘆雪はどちらかというと、和様ですが、仙厓は唐様(注:中国風)なんですね。豪快さ、豪放さを持っていて、真似のできない字です。豪放な字と言えば、遠藤曰人もすごいですね。非常に面白い作家だと思いました。
金子 へそ展を東京で開催したときに、仙台市博物館の方が、遠藤曰人が初めて白川の関を越えて東北を出る、とおっしゃっていました。今度は、初めて海を越えたのかもしれませんね。曰人は、本当に書もいいですね。
齊藤 書と絵のギャップがすごいですね。筆圧が全然違います。書の方が得意なのかな、絵は考えながら描いているのかな、と想像しながら楽しんで鑑賞できます。
遠藤曰人《蛙の相撲図》仙台市博物館蔵
金子 考えながら描いて、これ、という……(笑。
──こういう時、書を先に書いてから、絵を描くのでしょうか?
齊藤 普通は絵が先で、書が後ですよね。
金子 そうですねえ。後のような気がしますね。
齊藤 明らかに、書と絵で筆も違いますしね。書の方は太い筆を使って、すごい筆圧でガシガシと書いているのに、絵は細くてこのゆるゆるさ加減で……。ガクッときちゃいますよね。一方で、同じ曰人の《ぼんぼこ祭図》を見ると、こんなふうに上手にも描けるんだなと不思議な感じがします。
──《ぼんぼこ祭図》、賛も曰人が書いたのですか?
遠藤曰人《ぼんぼこ祭図》仙台市博物館
齊藤 この賛は、後世の人が曰人のことを書いたものですが、それによると、曰人は「孔子や紀貫之や王羲之とか芭蕉に会いに行く」と言って亡くなったそうです。時世の句がそれ。すごい人ですよね。大物なんだなと思いました。
金子 変わった、面白い人物だったようです。俳人でありながら長刀の達人で、対馬から釜山浦まで船橋を架けようとしたとか……。
──曰人は《「杉苗や」自画賛》もありますね。
齊藤 私は名前に「鶴」の字が入っているせいか、ツルの絵がとても気になるんです。今回、ツルの絵がいくつかあって、曰人の《「杉苗や」自画賛》もとても面白いのですが、中でも、へそまがり的には稲葉弘道の《鶴図》がナンバーワンかなと思いました。「へそまがり」というキーワードからいくと、一番ですよね。ああいう姿勢のツルの絵は、初めてではないでしょうか。
稲葉弘道《鶴図》
金子 あんなツルの絵は見たことないですよね。
齊藤 ツルだけを抜きで見ても面白いですが、この枝にいる佇まいも面白いですよね。こんなところにいるんだ、と。
金子 雪が積もっていて、梅の枝や紅梅にも雪が積もっていて、すごくいい雰囲気なんですよね。
──どのあたりに「へそまがり」の心を感じますか?
齊藤 まずはポーズです。こういうツルがいるのか、と。もしかしたら、こういうポーズを見たのかなと思うんですが。全体のバランスも、ずん胴な感じのツルで、独特ですよね。足の向きも逆じゃないか、どっち向きなのかな、と考えてよくみてみると、これは後ろ姿なんですね。とにかく、色々と考えさせられます。
金子 ポーズの面白さに目が行きますが、実は、素晴らしく美しい絵でもあるところが魅力だと思います。図録のために、床の間で撮影した時、非常に綺麗で驚かされました。
金子 「北海道のへそまがり」コーナーも、今回のへそ展の見どころですね。
齊藤 東京のへそ展には出なかった、北海道ならではの「へそまがりな作品」を出品しようということになった時、まず、頭に浮かんだのが片岡球子でした。
家光コーナの奥に展示された片岡球子《面構 浮世絵師歌川国芳と浮世絵研究家鈴木重三先生》(北海道立近代美術館蔵)。
金子 この球子は迫力があって、ものすごい作品です。へそ展の人気者のひとり、歌川国芳がテーマの絵ですね。
齊藤 戦国武将や禅僧、浮世絵師などをテーマにした球子の代表作、「面構」シリーズのひとつです。4枚に分けて書いてあるのですが、一枚ずつ、背景の色も違ったりします。水の中にいるように見えますよね。その前に国芳と浮世絵研究家の鈴木重三先生がいる、という、何ともユニークな構成です。
片岡球子《面構 浮世絵師歌川国芳と浮世絵研究家鈴木重三先生》北海道立近代美術館蔵
──どうして浮世絵研究家がここに登場するのですか?
齊藤 球子は、浮世絵に関心を持っていて、浮世絵から学んでいるんです。面構シリーズでは、この国芳のほか、北斎も描いているんですけど、球子は、浮世絵師というよりは、浮世絵そのものにも関心が高くて、自分の絵の中にも取り入れたんです。それで、浮世絵の勉強をするために、鈴木先生に直接、教えを乞うて、色々見せてもらったりしていたらしいんです。
金子 これを見た時、鈴木重三さん、何て言ったんでしょうね。
齊藤 どうでしょうね。でも、「面構」シリーズの中では、この鈴木先生のお顔はすごく整っている方だと思います。球子は普通デフォルメがすごいのですが、この鈴木先生はそこまでデフォルメせず、凛々しく描かれています。
金子 球子以外にも、蠣崎波響をはじめ、北海道ゆかりの面白い作品があって、それが展覧会の結びにあるのが、とてもいいと思いました。東京で一度へそ展をご覧になった方も楽しめますし、作品のセレクトが、ちょっとしたおさらいになっているんですよね。前の章で紹介した、寒山拾得や獅子が出てきたり、三岸に通じる、ヘタウマ的描き方の作品があったり……。とにかく、たくさんの方に、改めて見ていただきたいと思いました。
北海高等女学校で教鞭を執ったほか、北海道美術協会展日本画部の創立会員として北海道の日本画の発展に尽力した白青山(つくも・せいざん)による《寒山拾得》(部分、北海道立近代美術館蔵)
竹内健《フライルフクトール》(北海道立近代美術館蔵)もルソーを思わせる“ヘタウマ”風の作品。
齊藤 ありがとうございます。北海道は楽しいものや目新しいもの、新鮮なものを求める空気のある土地柄です。ですから、新聞広告やポスターなどをご覧になって、「〈へそまがり〉ってなんだろう?」と思って、足を運んでくださっている方が多いようです。
金子 今日も、親子連れのお客様の姿をお見かけしましたが、夏休みですから、ぜひ、子供たちにも見ていただけたらいいですね。
9月1日(水)の閉幕まであと33日! ぜひ、面白いものをご覧に、北海道立近代美術館へ足をお運びいただけたら幸いです。
(図録編集チーム、久保)