「へそ展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「へそ展」日記は、「へそまがり日本美術ー禅画からヘタウマまで」展、略して「へそ展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


若冲の「振り幅」

へそ展には、超有名な画家から知る人ぞ知る画家まで、総勢50人を超える画家の作品が出品されます。中でも、“花形”のひとりは、伊藤若冲で、彩色のある《伏見人形図》が2点に、《鯉図》《福禄寿図》2点の水墨画、計4作品が出品されます。若冲といえば、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する「動植綵絵」のような、どぎつい色彩と超絶技巧の細密描写をイメージする方も多いかもしれませんが、へそ展の若冲はちょっと違います。どうして?? ──というわけで、「へそ展の若冲」について、へそ展企画者である、府中市美術館の金子学芸員にいろいろと聞いてみました。

──へそ展の若冲は4点。ちょっと少なめですよね。

金子信久学芸員(以下、金子) そうかもしれませんね。そもそも、私が通常担当している府中市美術館の春の「江戸絵画まつり」では、毎回、どうしても「若冲」がほしいと思って出しているわけではないんです。あくまでテーマありき。けれども、若冲はやっぱり魅力的な画家で、しかもアイデアが豊富で創作の幅が広いので、いろいろなテーマに引っかかってくる、というわけです。

▲へそ展に出品される《福禄寿図》(後期展示)
▲へそ展に出品される《鯉図》(前期展示)

──今回は、「へそまがり」な若冲を選んだ、というわけですね。

金子 若冲は本当に「へそまがり」な画家だと思います。あれほどの技術を持ちながら、《伏見人形図》のようにあえて素朴な絵を描いたり、《福禄寿図》のように突拍子もない造形を描いたりするのですから。《鯉図》も面白いですよね。鯉なんて古くからたくさん描かれてきましたが、こんなにびっくりするような形の鯉の絵は、それまでには全くなかったのですから。今回は、「動植綵絵」のような細密な絵を仕上げた若冲とは異なる、ゆったりとしたユーモアあふれる若冲の一面を楽しんでいただけたらと思いました。

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▲《伏見人形図》(前期展示)。素朴な造形ですが、とても美しい作品です。

──若冲は「動植綵絵」が有名ですが、展覧会によっては、初めて見る作品もたくさんあって、とても面白い画家ですね。今回の《福禄寿図》もへそ展が展覧会初登場の作品ですが、これまでにも金子学芸員の展覧会でデビューした若冲はたくさんありますよね?

金子 そうですね、府中市美術館の「江戸絵画まつり」で一般初公開となった作品はいろいろありますが、なかでも《河豚と蛙の相撲図》は思い出深い作品です。あの絵は、「かわいい江戸絵画」展(2013年)の開幕直前に、作品借用の時に借用先で拝見したのです。その場ですぐに出品を決めました。けれども図録はすでに出来上がっているタイミングだったので、別刷りで作品解説を作って、図録に挟み込んだことを覚えています。

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▲展覧会後に発売された書籍版『かわいい江戸絵画』には、《河豚と蛙の相撲図》を収録しています。

──《河豚と蛙の相撲図》は今では京都国立博物館の人気作です。

金子 出世してくれて嬉しいかぎりです。

──あの作品には、若冲のサインがありませんね。

金子  はい。ハンコだけ押されています。若冲の水墨画はたくさんありますが、サインや年齢が書かれているものは非常に少ないのです。若冲には何人も弟子がいて、若冲の制作を手伝っていたのではと推測する人もいますし、研究者の中にはハンコしかないものはその工房での作ではないかと考える人もいます。そもそも、江戸時代のほかの人気画家の例からみれば、弟子が手伝っていた可能性が無いとはいえませんが、文献的な根拠はありません。けれども、《河豚と蛙の相撲図》が若冲の作であることを疑う研究者はいないでしょう。

──若冲の水墨画はたくさんあるわけですが、描き方は同じなのでしょうか?

金子  大まかに見ればだいたい同じですし、細かく見ればいろいろです。同じ図柄の絵をいくつも描いていますが、少しずつ描き方を変えてみたりしています。それに出来栄えの違いもあります。そりゃそうですよね。むしろ、同じ図柄の水墨画をいくつも比べてみて、若冲の試行錯誤や筆をとった時の気分の違いを想像してみるのも、楽しい見方かもしれません。

──出来栄えの違いがあって当然という意味でしょうか? テレビや漫画などではよく、鑑定士のような人が作品をパッと見て「うーん、筆の冴えがないから偽物!」というような場面が出てくるようなイメージがあります。

金子  確かに、時々「筆の冴え」がどうこうというようなことを言って、それで真贋とか弟子の作かどうかを決めたがる人もいるようですが、作品をたくさん見れば見るほど、そんな単純な判断なんてできないことに思い至ります。若冲に限らず、どんな画家でもそうですが。

──そういった点も含めて、改めて若冲の魅力はどこにあるのでしょうか?

金子 動植綵絵のような細密でがっちりしたものを描いたかと思えば、へそ展に出ている《伏見人形図》や《福禄寿図》、《鯉図》のような、おかしな絵を描いたりと、その振り幅の大きさもいいですよね。それは時に、見ているこちらが困惑するほどですが、そこが魅力になっているんです。それと、若冲といえば、篤実な仏教徒で、絵のことばかり考えた、というイメージを持つ人が多いようですが、若冲は意外に人を笑わせたり、和ませたりという、サービス精神たっぷりな画家だったと思います。私は、何よりもそこが大好きです。

▲へそ展に展示される《伏見人形図》(後期展示)。

以前どこかで、「筆の冴え」のような印象だけで作品の良し悪しを語るのを耳にして、なんだかモヤモヤした記憶があったのですが、金子学芸員の説明を聞いてスッキリしました!

若冲を山ほど見てきた金子学芸員が、「へそまがり」をキーワードに選りすぐった若冲4点、本当に面白い作品です。ぜひ、展覧会場で実物をご覧ください。(図録制作チーム、久保)

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