「へそ展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「へそ展」日記は、「へそまがり日本美術ー禅画からヘタウマまで」展、略して「へそ展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


展示の周辺あれこれ

北海道初上陸の「へそ展」開幕以来、札幌では好天が続いています。気温もどんどん上昇して、道産子としては、参りました、もうごかんべんを、というレベル。でも、美術館の展示室は、作品保護のために温湿度が設定されていますので、屋外の暑さとは別世界、かなり涼しく感じられるかもしれません。ちょうど本展の第1章タイトルは「別世界への案内役 禅画」なのでした。もちろん心頭滅却しなくても、充分に空調効いてます。どうぞ涼みに、いや、ご鑑賞においでください。

その展示室をご案内しましょう。 とはいっても、作品紹介ではなく、ちょっとその周辺をめぐります。

どんな展覧会においてもいえることですが、作品の展示というのは、学芸員にとって最も力を注ぐことのひとつで(渾身といってもよい)、計画から準備、現場の作業まで、微細に気を配り、そしてやりがいのあることですね。

まずは作品の安全と保護が第一。ケース製作や照明などもそれを踏まえて行います。 今回はほとんどの作品がケース内での展示。当館のもともとの設備だけでは十分ではないので、特別に日本画(屏風・掛軸)用の展示ケースを15台製作しました。

▲LED照明(調光機能付)を組み込んだ展示ケース内部

ケース内、壁面とも全般に照度は低めとしていますが、作品によりさらに照度を抑える場合もあります。

▲右端が照度を低くした照明(50ルクス以下)。右2点は油彩画(約100ルクス)。 (ここは萬鉄五郎の作品コーナー)

さて、より良い鑑賞のために、解説パネルも作成します。作品解説、作家解説ともに府中展での原稿を使わせていただきましたが、札幌の会場の展示にあわせて、パネルの大きさや、文字の書体など、東京の制作チームにデザインを依頼し、いろいろと試行錯誤しました。 やや暗めの展示室内でも、多様な年代の方にも読みやすく、と考えました。

▲「作家解説」「キャプション(題名パネル)」「作品解説」の順に設置。文章が多いときはパネルの天地を伸ばし、大中小の3種類制作。

▲北海道展で追加された北海道関連作家のコーナー。新たに解説を加えました。熱が入って少し多めに書いたのでパネルも大きめ。ミシミシになっていますがご寛容を。

ところで、昨今のコロナ禍では、これまでになかった展示室内のサインも必要になったりします。

▲展示ケースの前の床にある白い丸印にお気づきでしょうか? 観覧の方々が互いの間隔をとれる目安となるよう、約2mおきに貼られたフットマークです。

▲白い(ややベージュ)円形のラベルです。

このフットマーク、よく見ていくと、ときどきこんなマークもあります。

▲後期の出品作品、長沢蘆雪《なめくじ図》から画像をいただきました。苦手な方はそっと距離をお取りください。

展示室のどのあたりにいるかは、なめくじさんまかせです。いつのまにかしのびよってくるかどうかはわかりません。足元ばかり見ていると、作品の鑑賞ができませんね。

展覧会を見終えて出口にくると、図書コーナーがあります。 北海道立図書館と連携したもので、同館蔵書から、展覧会に関連した図書や画集、美術雑誌などを選定展示し、閲覧できるコーナーです。もちろん企画者の金子さんの著書も選ばれています。

長くなりましたが、展示とは関係ない蛇足もあります。 当館には、東西に門があり、それぞれの門に、展覧会の表示看板を設置しています。 東の看板がこれ。

西門にはこの看板

東から入るか、西から入るかで、看板の見え方がちょいと違います。でも、だからどうした、というわけではありません。ほんとうに蛇足なのでした。

(北海道立近代美術館、地家)

開幕しました!

本日、「へそ展」が開幕しました。

夏空が広がり、朝から気温が上がった札幌ですが、開館前から並んでお待ち下さるお客様の列に、スタッフ一同、感謝の思いでいっぱいに-。

午前中、本展企画者の府中市美術館学芸員・金子信久さんをお迎えし、「へそまがり日本美術 禅画から家光まで」と題して、90分にわたる熱いご講演をいただきました。

日本の美術史上には、数百年も前から「へそまがり」な感性や精神によって生み出された作品があり、現代にいたるまで、各時代、各地域に点在していること。

その作品を、面白い、楽しいと感じ、受け容れる人々にも「へそまがり」な感性や精神があり、だからこそ「へそまがり日本美術」は連綿と生まれ、伝えられてきたこと。

また、ひとくちに「へそまがり」と言っても、いろいろなタイプがあること。

たとえば、多くの人が好むきれいなものや美しいものではない題材を選ぶ「へそまがり」。

多くの人が好む題材でも、突拍子もない造形や構図をほどこしてしまう「へそまがり」。

さらに、本当は上手いのに下手に見えるように描く、とか、周りがどんな評価をしようと自分はこう描きたいから描くのだ!という、描き方の「へそまがり」。

そんな、多種多様な「へそまがり」供給が、「もっとおかしくて、風変わりで、面白いものを見てみたい」という「へそまがり」需要と響き合ってきた歴史があるのかと思うと、感慨はひとしおです。

そして、「へそまがり日本美術」には、芸術で凝り固まった頭をほぐし、勇気を与えてくれる、といった素晴らしい効能も-。

金子さんのあたたかい言葉で語られる「へそまがり日本美術」の悩ましくも輝かしい魅力は、きっと、誰しもがもっている「へそまがり」な感性にまっすぐ届いたことと思います。

金子さん、ご来場のみなさま、本当にありがとうございました。

たくさんの方々のお力添えをいただき、夏の北海道に上陸した「へそ展」。

一人でも多くの方に楽しんでいただけますように!と、心から願っています。

(北海道立近代美術館、齊藤)

若冲の「振り幅」

へそ展には、超有名な画家から知る人ぞ知る画家まで、総勢50人を超える画家の作品が出品されます。中でも、“花形”のひとりは、伊藤若冲で、彩色のある《伏見人形図》が2点に、《鯉図》《福禄寿図》2点の水墨画、計4作品が出品されます。若冲といえば、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する「動植綵絵」のような、どぎつい色彩と超絶技巧の細密描写をイメージする方も多いかもしれませんが、へそ展の若冲はちょっと違います。どうして?? ──というわけで、「へそ展の若冲」について、へそ展企画者である、府中市美術館の金子学芸員にいろいろと聞いてみました。

──へそ展の若冲は4点。ちょっと少なめですよね。

金子信久学芸員(以下、金子) そうかもしれませんね。そもそも、私が通常担当している府中市美術館の春の「江戸絵画まつり」では、毎回、どうしても「若冲」がほしいと思って出しているわけではないんです。あくまでテーマありき。けれども、若冲はやっぱり魅力的な画家で、しかもアイデアが豊富で創作の幅が広いので、いろいろなテーマに引っかかってくる、というわけです。

▲へそ展に出品される《福禄寿図》(後期展示)
▲へそ展に出品される《鯉図》(前期展示)

──今回は、「へそまがり」な若冲を選んだ、というわけですね。

金子 若冲は本当に「へそまがり」な画家だと思います。あれほどの技術を持ちながら、《伏見人形図》のようにあえて素朴な絵を描いたり、《福禄寿図》のように突拍子もない造形を描いたりするのですから。《鯉図》も面白いですよね。鯉なんて古くからたくさん描かれてきましたが、こんなにびっくりするような形の鯉の絵は、それまでには全くなかったのですから。今回は、「動植綵絵」のような細密な絵を仕上げた若冲とは異なる、ゆったりとしたユーモアあふれる若冲の一面を楽しんでいただけたらと思いました。

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▲《伏見人形図》(前期展示)。素朴な造形ですが、とても美しい作品です。

──若冲は「動植綵絵」が有名ですが、展覧会によっては、初めて見る作品もたくさんあって、とても面白い画家ですね。今回の《福禄寿図》もへそ展が展覧会初登場の作品ですが、これまでにも金子学芸員の展覧会でデビューした若冲はたくさんありますよね?

金子 そうですね、府中市美術館の「江戸絵画まつり」で一般初公開となった作品はいろいろありますが、なかでも《河豚と蛙の相撲図》は思い出深い作品です。あの絵は、「かわいい江戸絵画」展(2013年)の開幕直前に、作品借用の時に借用先で拝見したのです。その場ですぐに出品を決めました。けれども図録はすでに出来上がっているタイミングだったので、別刷りで作品解説を作って、図録に挟み込んだことを覚えています。

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▲展覧会後に発売された書籍版『かわいい江戸絵画』には、《河豚と蛙の相撲図》を収録しています。

──《河豚と蛙の相撲図》は今では京都国立博物館の人気作です。

金子 出世してくれて嬉しいかぎりです。

──あの作品には、若冲のサインがありませんね。

金子  はい。ハンコだけ押されています。若冲の水墨画はたくさんありますが、サインや年齢が書かれているものは非常に少ないのです。若冲には何人も弟子がいて、若冲の制作を手伝っていたのではと推測する人もいますし、研究者の中にはハンコしかないものはその工房での作ではないかと考える人もいます。そもそも、江戸時代のほかの人気画家の例からみれば、弟子が手伝っていた可能性が無いとはいえませんが、文献的な根拠はありません。けれども、《河豚と蛙の相撲図》が若冲の作であることを疑う研究者はいないでしょう。

──若冲の水墨画はたくさんあるわけですが、描き方は同じなのでしょうか?

金子  大まかに見ればだいたい同じですし、細かく見ればいろいろです。同じ図柄の絵をいくつも描いていますが、少しずつ描き方を変えてみたりしています。それに出来栄えの違いもあります。そりゃそうですよね。むしろ、同じ図柄の水墨画をいくつも比べてみて、若冲の試行錯誤や筆をとった時の気分の違いを想像してみるのも、楽しい見方かもしれません。

──出来栄えの違いがあって当然という意味でしょうか? テレビや漫画などではよく、鑑定士のような人が作品をパッと見て「うーん、筆の冴えがないから偽物!」というような場面が出てくるようなイメージがあります。

金子  確かに、時々「筆の冴え」がどうこうというようなことを言って、それで真贋とか弟子の作かどうかを決めたがる人もいるようですが、作品をたくさん見れば見るほど、そんな単純な判断なんてできないことに思い至ります。若冲に限らず、どんな画家でもそうですが。

──そういった点も含めて、改めて若冲の魅力はどこにあるのでしょうか?

金子 動植綵絵のような細密でがっちりしたものを描いたかと思えば、へそ展に出ている《伏見人形図》や《福禄寿図》、《鯉図》のような、おかしな絵を描いたりと、その振り幅の大きさもいいですよね。それは時に、見ているこちらが困惑するほどですが、そこが魅力になっているんです。それと、若冲といえば、篤実な仏教徒で、絵のことばかり考えた、というイメージを持つ人が多いようですが、若冲は意外に人を笑わせたり、和ませたりという、サービス精神たっぷりな画家だったと思います。私は、何よりもそこが大好きです。

▲へそ展に展示される《伏見人形図》(後期展示)。

以前どこかで、「筆の冴え」のような印象だけで作品の良し悪しを語るのを耳にして、なんだかモヤモヤした記憶があったのですが、金子学芸員の説明を聞いてスッキリしました!

若冲を山ほど見てきた金子学芸員が、「へそまがり」をキーワードに選りすぐった若冲4点、本当に面白い作品です。ぜひ、展覧会場で実物をご覧ください。(図録制作チーム、久保)

ツルとフクロウ

日本美術の画題の中には、吉祥の意味が付加され、神格化した存在も少なくありません。

植物では、松・竹・梅。

動物では、鶴・亀あたりが、代表選手でしょうか。

代表選手同士をマッチングすれば、たちまち不老長寿という永遠のテーマが成立します。

しかし。

テーマは永遠でも、自然は無常、表現は多様。

自然をとらえる視点や表現方法に、画家の個性が光ります。

臼杵藩(現在の大分県)のお殿様が描いた、こちらの作品。

稲葉弘通《鶴図》

梅に鶴は、吉祥ムード高めで、人気のマッチングです。

でも、鶴のポーズは、こんなの見たことないレベル。

こちらも思わず頭を下げて、参りました!と言いたくなります。

-鶴の頭は、ツルツルちゃうで~、ツブツブやで~。

大阪の商人でもあった文人画家の、心の声が聞こえてきそうな、こちらの作品。

岡田米山人《寿老人図》(部分)
同上(部分)

慌てて、「丹頂鶴の頭」を検索すると…本当にツブツブです。

同上(部分)

  寿老人も、せやろ~?と、ほくそ笑んでいるように見えてきて、なぜか一本取られたような気分になります。

ありがたさにも多様性があることを、教えてくれているのかもしれません。

流行は押さえつつ、人とは違う何かを求めるタイプですか?と聞きたくなる、こちらの作品。

遠藤曰人《「杉苗や」句自画賛》(部分)

長寿のシンボルで、国の特別天然記念物で、湿原の神で。

何かと箔が付いた丹頂鶴も、こんな構図で描かれると、ただただ、かわいいし、映えてます。

画家は、仙台藩士の家に生まれ、長刀(なぎなた)と俳句を得意としたサムライ俳人。

現代に生きていれば、けだし、SNSの達人になっているのではないでしょうか。

ところで、梟(フクロウ)は「不苦労」なんて当て字もあるくらいで、現代では、知恵や幸福のシンボルとされることが多い気がします。

でも、時代や地域が異なれば、取り巻く自然も異なり、その解釈も変わります。

狩野山楽の高弟で、京狩野家二代となった画家による、こちらの作品。

狩野山雪《松に小禽・梟図》

画賛によれば、梟は「不孝」の鳥とされ、鳥界でも仲間はずれの存在。

でも、見方を変えれば、どうして梟が悪いものか、と問いかけます。

同上(部分)

 この梟の、大きなお目々に見つめられたら、「そう、あなたは何も悪くない。人が勝手に決めつけていただけ」と、ついつい言い訳してしまいそうです。

「へそ展」の四番バッター仙厓さんが描く梟は、梅に停まっているけど、ぶっ飛んでいます。

仙厓義梵《小蔵梅花図》

 紙面のど真ん中に書かれた言葉は、「小蔵 金ぐそくえ 小僧」。

なんでも、仙厓さんが晩年を過ごした九州には、梟の鳴き声を「小僧、鼻くそくうかあ」と 表す地域があるとか。

それにひっかけて、金ぐそ(金の不始末)など食ってしまえ、と呼びかける豪快さ。

同上(部分)

 梟の描き方もまた、ホームラン級に、愉快痛快です。

(北海道立近代美術館、齊藤)

表具があると違って見える

ポスターやウェブサイトで見たことがある絵でも、いざ展覧会の会場で見ると、絵のまわりの「表具」に驚かされることがあります。写真に出ているのは、普通、絵の部分だけですが、実際には布や紙で掛軸に仕立てられていて、そのデザインが目を引いたり、絵との取り合わせが意外だったりするのです。

というわけで、今日は、へそ展に出品される作品の中から、「表具」もぜひご覧いただきたい作品をいくつかご紹介します。

 

冨田渓仙《牡丹唐獅子図》 福岡県立美術館

強い紫色と、銀色のざっくりした大きな文様。奔放かつ素っ頓狂な絵を、重厚に、大胆に引き締めています。絵にも描かれているように、獅子といえば牡丹。表具の文様も牡丹です。


よく、「表具は、絵と同じ時代のものですか?」とか、「表具の布は、誰が選んだのですか?」といった質問を受けますが、かなり難しい問題です。

絵は、表具師の手で掛軸に仕立てられます。その時、どんな表具を選ぶかは、絵を手に入れた人が考えることもあれば、表具師にお任せのこともあったでしょう。また、ときには、画家が指示することもあったかもしれません。しかし、そうした事情を伝える記録はほとんどないのです。

彭城百川《初午図》

描かれているのは、お稲荷さんとお供え。初午の行事は二月。それに合わせた、かわいい梅の花です。

徳川家綱《闘鶏図》 德川記念財団

上手い下手を超えた力と味わいで、見る者の心を鷲づかみにします。波の中に刺繍で表されているのは、色とりどりの貝、魚、蟹、海老。風変わりで、そしてかわいらしいデザインです。へそ展に並ぶ掛軸の中でも、かなり目を引きます。


表具は布や紙でできていますが、それらの部品をつなぎ合わせているのは弱い糊なので、年月が経つにつれ、剥がれてきます。そうなった掛軸は、いったん分解して、再び仕立てる修理が必要です。50年に一度、あるいは70年に一度、などと言われます。

修理の時に、もし部材が傷んでいたら新しいものに取り替えます。元の布に似た布を探して使ったり、また、作品の持ち主の好みで、思い切って以前とは違うものにしたりしますが、その場合、古い布を使って趣を演出することもあります。

こんなわけで、表具がいつのものかを知るのは、かなり難しいのです。新しそうに見えても、絵と同じ時代のまま、ということもあるでしょう。逆に、古そうに見えて、意外に新しいこともあります。いずれにしても、どんな表具にしたら絵が引き立つか、面白い掛軸になるかを、それぞれの時代の人たちが考えて、作っているわけです。

 

伊藤若冲《鯉図》

風帯(上から下がる二本の帯)もなく、シンプルな掛軸ですが、墨だけで描かれた力強い造形にぴったりです。絵のテーマが鯉なので、表具は全面びっしりと、ただただ波です。

 

中村芳中《鬼の念仏図》

大津絵でおなじみの「鬼の念仏」を、もっと大胆奔放に、かつ「ゆるく」描いています。民芸品的な題材と、簡素な格子文様が、洒落た、良い雰囲気を出しています。

美術館の図録の場合には、絵の部分だけを掲載するのが一般的です。図録の大きさは限られているので、掛軸全体を載せると、絵が小さくなってしまうからです。また、あくまで画家自身が描いたのは絵のところだけなので、そうするのが普通です。しかし、やはり掛軸は表具あってのもの。会場では、全体の味わいや面白さをたっぷりと味わっていただきたいと思います。

(府中市美術館、金子)

布袋と達磨

昨今、おうち時間が増えた、という方。

身の回りのモノや、自分の心と体の状態について、あらためて見つめてみた、という方も多いのではないでしょうか。

「へそ展」では、そんなわたしたちに、示唆や刺激をあたえてくれる作品をご紹介します。

示唆に富んでいるのは、究極のミニマリスト「布袋」さん。

所持品は、袋ひとつで、ポータブル。

白隠慧鶴《布袋図》(部分)

この袋には、「福」がたくさん入っているみたい。

 

常に、笑みを絶やしません。

松花堂昭乗《布袋図》(部分)

笑顔がかわいい、中年男性。

子どもに囲まれている場面が多いのは、無垢な心をもつ証拠。

雪村周継《布袋唐子図》(部分)

顔をいじられても、ノープロブレム!?

モノを持たない布袋さんの心は、幸福感で満たされているようです。

「幸福の追求」とはなにか、そんなことまで考えさせられます。

刺激を与えてくれるのは、転んでいない「達磨」さん。

面壁九年(壁に向かって9年間座禅した)の驚異的集中力。

 

東嶺円慈《禅経達磨之尊像図》(部分)

かなり集中しているので、強面です。

同上(部分)

消えたり、透けたり、つまり、超人的な存在として描かれることがあります。

福原五岳《面壁達磨図》(部分)

でも、「達磨さんが転んだ」の歌でも知られているように、子どもにとっても身近な存在。

その振り幅の大きさにも驚かされます。

禅画に描かれる布袋さんや達磨さんは、究極的で、ストイック過ぎて、なかなか真似はできません。

けれど、ふと、立ち止まって、日常を見つめなおす時。

布袋さんの笑顔や、達磨さんの強面から、言葉にならないメッセージを受け取ることができるような気がします。

(北海道立近代美術館、齊藤)

与謝蕪村とへそまがり

「へそまがり日本美術」展の企画を担当した府中市美術館の金子です。北海道のみなさまにこの展覧会をご覧いただけるのを、本当に嬉しく思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

府中市美術館では、毎年「春の江戸絵画まつり」を開いています。17回目となる今年のテーマは、「与謝蕪村  「ぎこちない」を芸術にした画家」。ところが、緊急事態宣言に伴い、途中で閉幕となってしまいました。「これから見に行こう」と計画していた方も大勢いらしたのでは……と思うと、本当に残念です。今はとにかく、感染症の収束を祈るばかりです。

さて、へそ展には、その蕪村の作品が3点出品されます。どれも府中での蕪村展にも出品された、選りすぐりの力作ばかりです。蕪村といえば、俳人として有名ですが、一流の人気画家でもありました。その蕪村が「なぜへそまがりなの?」と不思議に思われるかもしれません。しかし蕪村は、へそまがり美術史上の重要作家なのです。

とにかく、まずは《寒山拾得図》をご覧ください。有名な画家が描いた高尚な芸術作品などと思わずに、素直に見てください。

ただ筆を乱暴に走らせて、塗り方も雑な感じです。荒っぽい描き方によって奥深さを表現する水墨画などは古くからありますが、そういう美しさを持っているわけでもありません。濃い墨を着けた筆をぶっきらぼうに紙に押し付けて、線の美しさなど無視して気ままに筆を運んでいったようなところが目立ちます。

与謝蕪村《寒山拾得図》 個人蔵

寒山と拾得は、唐時代の伝説的な人物です。物乞いのような身なりで、突然叫んだり走り去ったりと突飛な行動をするのですが、その言動には不思議と物事の真理があるとされ、禅の世界で信奉を集めました。それゆえ、「きれいではない」姿に描かなければいけない題材です。

とはいえ、「ものには限度があるだろう」と言いたくなるほど、蕪村の描き方はワイルドで、見た瞬間、口あんぐりです。けれども、じわじわと、こんな風に堂々と描いてしまう痛快さが感じられてきて、にやっとしてしまうようなディープな何かが心の中に湧いてくるでしょう。蕪村の晩年、63歳の時の作品です。

現在残っている作品の数からしても、蕪村の寒山拾得の掛軸は、人気があったようです。こんな絵に人気があったとは、古美術は典雅なもの、と何となく思っている私たちには驚きです。でも、考えてみれば、蕪村が活躍したのは、伊藤若冲や曽我蕭白ら「奇想の画家」が活躍したのと同じ町、同じ時代です。恐るべし18世紀の京都、です。

さて、へそ展には、蕪村の寒山拾得の絵がもう一組出品されます。関東や丹後での暮らしを終えて、ようやく京都に定住するようになってから間もなく、30代後半に描いた作品です。蕪村としては初期の作品ということになります。

先ほど見た晩年の作品のような、派手に脱線した感じや乱暴さはなく、丁寧に描いています。しかし、ぼろっとした着物や不気味な感じの風貌は、よく捉えています。

与謝蕪村《寒山拾得図》 個人蔵

府中での展示中、私は毎日のようにこの絵を眺めながら、あるおかしなことを思うに至りました。寒山の風貌をよく見てください(下図)。

まるで、キリスト教の宣教師や聖人のようではないでしょうか? 実は、前々からそんなことを思っていて、蕪村展の図録の解説にも、「キリスト教の宣教師の図像のようなヒントはなかったのか、まさかとは思うが気になる」と書きました。けれども、展示室でこの絵を眺めているうちに、そうとしか思えなくなってしまったのです。

禿げている頭は剃髪した聖職者を、また、首の周りのショールのようなものは、アカデミックフードと呼ばれるキリスト教の祭服を思わせます。首に掛けている飾りは、まるでロザリオのようです。

寒山と拾得の絵は、中国でも日本でも沢山描かれ、バリエーションも色々ですが、こんな絵は見たことがありません。1994年に栃木県立博物館で開催された「寒山拾得」展の図録には、参考図版も含めて90点近くの「寒山拾得図」が集められていますが、そこにもこんな絵はありません。むしろ私には、蕪村のこの寒山は、有名な《フランシスコ・ザビエル像》や「アッシジの聖フランシスコ」の図のような、キリスト教の絵画に重なり合って見えてしまいます。

もちろん蕪村の時代、キリスト教は禁教でした。こんなことを言うと、「蕪村は実は隠れキリシタンだったのでは?」とか、「蕪村が3年間住んだ丹後は、かつてキリシタン大名がいた場所だ」とか、さらには、「蕪村は、禅とキリスト教に、どこか深いところで接点を見出したのでは?」などと想像する声も聞こえてきそうです。

でも、もし蕪村がキリスト教の絵をヒントにしたのだとしても、恐らくそういう思想的な理由はなかったでしょう。蕪村と同じ頃、江戸の洋風画家である小田野直武は、聖職者の祈りの姿を描いていますが、信仰のためではありません。また、蕪村より後の19世紀の洋風画家である安田雷洲は、聖書の挿絵のキリストの生誕を祝う場面をもとに、赤穂義士が吉良上野介を討ち取った場面を描いています。どちらも、日本の絵にはない、西洋の題材や描き方に「奇抜さ」を感じて、新鮮な絵を作り出そうとしたのです。蕪村もまた、寒山と拾得という、とりわけ奇抜さが必要なテーマに挑むにあたって、こんなアイディアを思いついたのかもしれません。

以上の話は、私の中で何となく広がった想像です。へそ展に並んだこの絵を見た時、みなさんはどう思われるでしょうか。

(府中市美術館、金子)

寒山拾得

寒山拾得(かんざんじっとく)は、「へそ展」北海道巡回で8点も紹介される画題であり、頻出ワード。

寒山拾得って、人名なのか地名なのか見当がつかない、という方も大丈夫です。

本展図録『へそまがり日本美術』(2019年、講談社刊)の「画題案内」から、ポイントを要約!

① 唐の時代、浙江省の天台山国清寺にいたという伝説的人物。

② 寒山は、寒厳と呼ばれる巌窟住みで、ときどき寺に現れた。

③ 拾得は、豊干禅師に拾われて、寺の台所仕事をしていた。

④ 二人は常に奇矯なふるまいで僧らを驚かせた。

さらに、中国では10世紀頃から、日本では鎌倉時代末頃から、絵に描かれていたとのこと。

それだけ長く描き続けられてきた画題には、きっと、描く人や見る人を惹きつける理由があるはず。

とくに「奇矯なふるまい」の表現は、作者の腕の見せどころ、鑑賞者の見どころ、ではないかしら。

寒山拾得の二人が、圧倒的な笑顔で微笑みかける、岸駒の《寒山拾得図》(部分、敦賀市立博物館蔵)。

この笑顔を見ると、「きみの笑顔が好き」とか「あなたを笑顔にしたい」と言う時に期待する笑顔とは、どこか違う気がします。

北海道のみ展示予定の、白青山《寒山拾得》(部分、当館所蔵)は、どうでしょう?

「笑顔には、いろんな種類があるよね…」と、いやに、神妙な気持ちにさせられます。

徳島県出身の白青山(つくもせいざん)は、東京美術学校で日本画を学び、北海道の日本画発展に尽力した画家。

この作品は、明治画壇の巨匠・橋本雅邦が描いた《寒山拾得図》(フリア美術館蔵)に倣ったものと考えられます。

「へそまがりな感性」は、連綿と、あまねく、息づいているんですね。

「へそ展」で出会う、寒山拾得。

その笑顔は、 あなたにとって、忘れられない笑顔になるかもしれません。

(北海道立近代美術館、齊藤)

札幌ですごい白隠が「初公開」。そして、「初公開」がいっぱいあるのはすごいことなの?

へそ展、札幌での開催まであと2ヵ月を切りました。

この展覧会は、2019年の東京での開催の際には、新聞・雑誌などで様々にご紹介いただきました。

中でも最も大きな話題を読んだのは、徳川家光が描いた《兎図》が初公開される、というニュースでした。2018年12月20日の朝日新聞も、「徳川家光は『ヘタウマ』画家? 水墨画を公開へ」という見出しで大きく取り上げています。


「徳川家光は『ヘタウマ』画家? 水墨画を公開へ」


へそ展における「初公開」作品は、家光だけではありません。実に、40点を超える作品が、へそ展で初公開の作品。しかも、いくつかの作品は、今回の札幌展で初めて公開されるのです。

こちらがそのひとつ。白隠の《楊柳観音》です。真っ黒の背景に、薄墨で輪郭をとった白い観音様が浮かびます。力強くて、かっこいい、さすが白隠!と言いたくなります。

金子学芸員によると、「白隠の作品の大半は白い紙に線だけで描かれたものですが、まれに墨でバックを真っ黒に塗り込めた作品があり、その迫力は白地の作品とは全くの別次元」とのこと。

「そんな強烈な黒バックに、奇妙な姿の観音さまが、くっきりすぎるくらいくっきり浮かび上がって、見た瞬間、鮮やかすぎて、きれいすぎて、恐ろしいような、不思議な力に金縛りになりそうです。お顔の表情が、たた慈悲に満ちた観音さま、というのではない、俗っぽいような、怖いような、優しいような、言葉で言い表せない何かを放っています。白隠は生涯に途方もない数の絵を描いていますが、こんな念入りに作り込まれた作品は、きわめて珍しいです。」と話します。

そんなすごい作品が札幌で初公開とは、本当に楽しみです! 写真は、金子学芸員が京都での調査時に撮影したもの。かなり傷んでいた表具を付け替えるため、裂を合わせているところです。もちろん、札幌の会場では、仕立てられた完成品が展示されます。 

ところで、初公開作品がこんなにたくさんあるって、そもそも、どういうことなんでしょうか?

そのことについて、以前、金子学芸員に伺いましたので、改めてご紹介させていただきます。

*****

今日は、「初公開」や「新発見」のことについて、少し考えてみました。

近年、展覧会の開催にあわせて、初公開作品のニュースが新聞やテレビなどで華々しく報道されたりしています。

▲へそ展で展覧会初公開の徳川家光《兎図》。

「〈初公開〉〈新発見〉ってどういう意味?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。ここで言う「新発見」とは、近年の研究者に知られることなく、展覧会や本などでも紹介されたことのない作品のこと。本だけで紹介されたことがある場合には、展覧会「初公開」となるわけです。

そこで、へそ展の図録の制作が始まった頃、私も金子学芸員に聞いてみました。

「へそ展では初公開とか、新発見みたいな作品はあるんですか?」

すると金子学芸員からは

「ありますよ、おそらく数十点にもなるんじゃないでしょうか。〈春の江戸絵画まつり〉はいつもそうです」

と、驚きの答えが返ってきました。

「研究の成果を展覧会で発表するのが学芸員の仕事。ですから、いわゆる“新発見”とか、”初公開”といった作品はいつもこれくらいになるんです」

なのだそうです。本当にびっくりしました。

でも、言われてみれば納得で、だから〈春の江戸絵画まつり〉ではいつも、「こんなの見たことない!」という面白い作品が並ぶんですね。府中市美術館での展示をきっかけに、その後、一躍、有名になった作品も思い浮かびます。

そして、金子学芸員の予想通り、へそ展での展覧会初公開作品は、最終的になんと44点になりました(*札幌展では43点)。

▲こちらも展覧会初公開、仙厓の《十六羅漢図》。「こんな十六羅漢は見たことがない」と金子学芸員。

しかも、そういった”新発見”だけでなく、美術史的にも重要と定評のある作品も、さりげなく出品されていることもすごいところなんです。ぜひ、見にきてください!

(図録編集チーム、久保)

幽霊

一度も見たことがないのに、なぜか、その姿を思い浮かべることができるもの。

UFO、火星人、河童、人魚…。 いろいろありますが、幽霊もそのひとつ。

脚がない、とか、死装束を着けている、とか。

既存のイメージから影響を受けた、あれやこれやの先入観。

勝手を申し上げますと、作品鑑賞においては、画題に対する先入観の4割位が「だよねー」、6割位が「そうきたかー」だと、丁度良い塩梅(へそまがり度高めな筆者個人の見解です)。

さて、「へそ展」でご紹介させていただく幽霊図2点の塩梅はいかに?

4月上旬、所蔵先の福岡市博物館で事前調査をさせていただきました。

まずは《お菊幽霊図》。

怪談「皿屋敷」などで知られるお菊さんが、幽霊となって井戸から現れる場面です。

地面に散らばる皿のうち、1枚が割れています(お約束)。

次に《墓場の幽霊図》。

画面右下のイヌハジキ(犬弾き:犬が墓地を荒らすのを防ぐ竹製の囲い。四十九日頃まで設置)から立ち上るように、幽霊が登場。

彼岸花のシルエットが、臨場感を醸します。

目をひくのは、幽霊の顔貌や毛髪の描写。

この世に未練を残した人間の「苦い」心情に迫り、死者の容貌に迫真性をもたせようと、陰影表現と細線描写を駆使する画家の情熱を感じ、「そうきたかー」は、瞬時に6割超過。

作者の祇園井特(ぎおん・せいとく)は、経歴不詳、諸説あり、という謎の絵師。

寛政~文政のころ(1789~1830)に京都で活躍したとされ、残された肖像画や美人画から、独特の感性がうかがわれます(「へそ展」では、祇園井特の美人画もご紹介)。

ビターな味わいに魅力を感じる鑑賞者にはぴったりの、祇園井特の幽霊図。

夏の北海道をさらに涼しくしてくれること受け合いです。

(北海道立近代美術館、齊藤)

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