「へそ展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「へそ展」日記は、「へそまがり日本美術ー禅画からヘタウマまで」展、略して「へそ展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


展示の周辺あれこれ

北海道初上陸の「へそ展」開幕以来、札幌では好天が続いています。気温もどんどん上昇して、道産子としては、参りました、もうごかんべんを、というレベル。でも、美術館の展示室は、作品保護のために温湿度が設定されていますので、屋外の暑さとは別世界、かなり涼しく感じられるかもしれません。ちょうど本展の第1章タイトルは「別世界への案内役 禅画」なのでした。もちろん心頭滅却しなくても、充分に空調効いてます。どうぞ涼みに、いや、ご鑑賞においでください。

その展示室をご案内しましょう。 とはいっても、作品紹介ではなく、ちょっとその周辺をめぐります。

どんな展覧会においてもいえることですが、作品の展示というのは、学芸員にとって最も力を注ぐことのひとつで(渾身といってもよい)、計画から準備、現場の作業まで、微細に気を配り、そしてやりがいのあることですね。

まずは作品の安全と保護が第一。ケース製作や照明などもそれを踏まえて行います。 今回はほとんどの作品がケース内での展示。当館のもともとの設備だけでは十分ではないので、特別に日本画(屏風・掛軸)用の展示ケースを15台製作しました。

▲LED照明(調光機能付)を組み込んだ展示ケース内部

ケース内、壁面とも全般に照度は低めとしていますが、作品によりさらに照度を抑える場合もあります。

▲右端が照度を低くした照明(50ルクス以下)。右2点は油彩画(約100ルクス)。 (ここは萬鉄五郎の作品コーナー)

さて、より良い鑑賞のために、解説パネルも作成します。作品解説、作家解説ともに府中展での原稿を使わせていただきましたが、札幌の会場の展示にあわせて、パネルの大きさや、文字の書体など、東京の制作チームにデザインを依頼し、いろいろと試行錯誤しました。 やや暗めの展示室内でも、多様な年代の方にも読みやすく、と考えました。

▲「作家解説」「キャプション(題名パネル)」「作品解説」の順に設置。文章が多いときはパネルの天地を伸ばし、大中小の3種類制作。

▲北海道展で追加された北海道関連作家のコーナー。新たに解説を加えました。熱が入って少し多めに書いたのでパネルも大きめ。ミシミシになっていますがご寛容を。

ところで、昨今のコロナ禍では、これまでになかった展示室内のサインも必要になったりします。

▲展示ケースの前の床にある白い丸印にお気づきでしょうか? 観覧の方々が互いの間隔をとれる目安となるよう、約2mおきに貼られたフットマークです。

▲白い(ややベージュ)円形のラベルです。

このフットマーク、よく見ていくと、ときどきこんなマークもあります。

▲後期の出品作品、長沢蘆雪《なめくじ図》から画像をいただきました。苦手な方はそっと距離をお取りください。

展示室のどのあたりにいるかは、なめくじさんまかせです。いつのまにかしのびよってくるかどうかはわかりません。足元ばかり見ていると、作品の鑑賞ができませんね。

展覧会を見終えて出口にくると、図書コーナーがあります。 北海道立図書館と連携したもので、同館蔵書から、展覧会に関連した図書や画集、美術雑誌などを選定展示し、閲覧できるコーナーです。もちろん企画者の金子さんの著書も選ばれています。

長くなりましたが、展示とは関係ない蛇足もあります。 当館には、東西に門があり、それぞれの門に、展覧会の表示看板を設置しています。 東の看板がこれ。

西門にはこの看板

東から入るか、西から入るかで、看板の見え方がちょいと違います。でも、だからどうした、というわけではありません。ほんとうに蛇足なのでした。

(北海道立近代美術館、地家)

開幕しました!

本日、「へそ展」が開幕しました。

夏空が広がり、朝から気温が上がった札幌ですが、開館前から並んでお待ち下さるお客様の列に、スタッフ一同、感謝の思いでいっぱいに-。

午前中、本展企画者の府中市美術館学芸員・金子信久さんをお迎えし、「へそまがり日本美術 禅画から家光まで」と題して、90分にわたる熱いご講演をいただきました。

日本の美術史上には、数百年も前から「へそまがり」な感性や精神によって生み出された作品があり、現代にいたるまで、各時代、各地域に点在していること。

その作品を、面白い、楽しいと感じ、受け容れる人々にも「へそまがり」な感性や精神があり、だからこそ「へそまがり日本美術」は連綿と生まれ、伝えられてきたこと。

また、ひとくちに「へそまがり」と言っても、いろいろなタイプがあること。

たとえば、多くの人が好むきれいなものや美しいものではない題材を選ぶ「へそまがり」。

多くの人が好む題材でも、突拍子もない造形や構図をほどこしてしまう「へそまがり」。

さらに、本当は上手いのに下手に見えるように描く、とか、周りがどんな評価をしようと自分はこう描きたいから描くのだ!という、描き方の「へそまがり」。

そんな、多種多様な「へそまがり」供給が、「もっとおかしくて、風変わりで、面白いものを見てみたい」という「へそまがり」需要と響き合ってきた歴史があるのかと思うと、感慨はひとしおです。

そして、「へそまがり日本美術」には、芸術で凝り固まった頭をほぐし、勇気を与えてくれる、といった素晴らしい効能も-。

金子さんのあたたかい言葉で語られる「へそまがり日本美術」の悩ましくも輝かしい魅力は、きっと、誰しもがもっている「へそまがり」な感性にまっすぐ届いたことと思います。

金子さん、ご来場のみなさま、本当にありがとうございました。

たくさんの方々のお力添えをいただき、夏の北海道に上陸した「へそ展」。

一人でも多くの方に楽しんでいただけますように!と、心から願っています。

(北海道立近代美術館、齊藤)

若冲の「振り幅」

へそ展には、超有名な画家から知る人ぞ知る画家まで、総勢50人を超える画家の作品が出品されます。中でも、“花形”のひとりは、伊藤若冲で、彩色のある《伏見人形図》が2点に、《鯉図》《福禄寿図》2点の水墨画、計4作品が出品されます。若冲といえば、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する「動植綵絵」のような、どぎつい色彩と超絶技巧の細密描写をイメージする方も多いかもしれませんが、へそ展の若冲はちょっと違います。どうして?? ──というわけで、「へそ展の若冲」について、へそ展企画者である、府中市美術館の金子学芸員にいろいろと聞いてみました。

──へそ展の若冲は4点。ちょっと少なめですよね。

金子信久学芸員(以下、金子) そうかもしれませんね。そもそも、私が通常担当している府中市美術館の春の「江戸絵画まつり」では、毎回、どうしても「若冲」がほしいと思って出しているわけではないんです。あくまでテーマありき。けれども、若冲はやっぱり魅力的な画家で、しかもアイデアが豊富で創作の幅が広いので、いろいろなテーマに引っかかってくる、というわけです。

▲へそ展に出品される《福禄寿図》(後期展示)
▲へそ展に出品される《鯉図》(前期展示)

──今回は、「へそまがり」な若冲を選んだ、というわけですね。

金子 若冲は本当に「へそまがり」な画家だと思います。あれほどの技術を持ちながら、《伏見人形図》のようにあえて素朴な絵を描いたり、《福禄寿図》のように突拍子もない造形を描いたりするのですから。《鯉図》も面白いですよね。鯉なんて古くからたくさん描かれてきましたが、こんなにびっくりするような形の鯉の絵は、それまでには全くなかったのですから。今回は、「動植綵絵」のような細密な絵を仕上げた若冲とは異なる、ゆったりとしたユーモアあふれる若冲の一面を楽しんでいただけたらと思いました。

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▲《伏見人形図》(前期展示)。素朴な造形ですが、とても美しい作品です。

──若冲は「動植綵絵」が有名ですが、展覧会によっては、初めて見る作品もたくさんあって、とても面白い画家ですね。今回の《福禄寿図》もへそ展が展覧会初登場の作品ですが、これまでにも金子学芸員の展覧会でデビューした若冲はたくさんありますよね?

金子 そうですね、府中市美術館の「江戸絵画まつり」で一般初公開となった作品はいろいろありますが、なかでも《河豚と蛙の相撲図》は思い出深い作品です。あの絵は、「かわいい江戸絵画」展(2013年)の開幕直前に、作品借用の時に借用先で拝見したのです。その場ですぐに出品を決めました。けれども図録はすでに出来上がっているタイミングだったので、別刷りで作品解説を作って、図録に挟み込んだことを覚えています。

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▲展覧会後に発売された書籍版『かわいい江戸絵画』には、《河豚と蛙の相撲図》を収録しています。

──《河豚と蛙の相撲図》は今では京都国立博物館の人気作です。

金子 出世してくれて嬉しいかぎりです。

──あの作品には、若冲のサインがありませんね。

金子  はい。ハンコだけ押されています。若冲の水墨画はたくさんありますが、サインや年齢が書かれているものは非常に少ないのです。若冲には何人も弟子がいて、若冲の制作を手伝っていたのではと推測する人もいますし、研究者の中にはハンコしかないものはその工房での作ではないかと考える人もいます。そもそも、江戸時代のほかの人気画家の例からみれば、弟子が手伝っていた可能性が無いとはいえませんが、文献的な根拠はありません。けれども、《河豚と蛙の相撲図》が若冲の作であることを疑う研究者はいないでしょう。

──若冲の水墨画はたくさんあるわけですが、描き方は同じなのでしょうか?

金子  大まかに見ればだいたい同じですし、細かく見ればいろいろです。同じ図柄の絵をいくつも描いていますが、少しずつ描き方を変えてみたりしています。それに出来栄えの違いもあります。そりゃそうですよね。むしろ、同じ図柄の水墨画をいくつも比べてみて、若冲の試行錯誤や筆をとった時の気分の違いを想像してみるのも、楽しい見方かもしれません。

──出来栄えの違いがあって当然という意味でしょうか? テレビや漫画などではよく、鑑定士のような人が作品をパッと見て「うーん、筆の冴えがないから偽物!」というような場面が出てくるようなイメージがあります。

金子  確かに、時々「筆の冴え」がどうこうというようなことを言って、それで真贋とか弟子の作かどうかを決めたがる人もいるようですが、作品をたくさん見れば見るほど、そんな単純な判断なんてできないことに思い至ります。若冲に限らず、どんな画家でもそうですが。

──そういった点も含めて、改めて若冲の魅力はどこにあるのでしょうか?

金子 動植綵絵のような細密でがっちりしたものを描いたかと思えば、へそ展に出ている《伏見人形図》や《福禄寿図》、《鯉図》のような、おかしな絵を描いたりと、その振り幅の大きさもいいですよね。それは時に、見ているこちらが困惑するほどですが、そこが魅力になっているんです。それと、若冲といえば、篤実な仏教徒で、絵のことばかり考えた、というイメージを持つ人が多いようですが、若冲は意外に人を笑わせたり、和ませたりという、サービス精神たっぷりな画家だったと思います。私は、何よりもそこが大好きです。

▲へそ展に展示される《伏見人形図》(後期展示)。

以前どこかで、「筆の冴え」のような印象だけで作品の良し悪しを語るのを耳にして、なんだかモヤモヤした記憶があったのですが、金子学芸員の説明を聞いてスッキリしました!

若冲を山ほど見てきた金子学芸員が、「へそまがり」をキーワードに選りすぐった若冲4点、本当に面白い作品です。ぜひ、展覧会場で実物をご覧ください。(図録制作チーム、久保)

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