「へそ展」日記

ひとつの展覧会の裏側には、展覧会を訪れただけでは見えない、さまざまなプロセスと試行錯誤があります。「へそ展」日記は、「へそまがり日本美術ー禅画からヘタウマまで」展、略して「へそ展」に関わるスタッフが、折々に皆さんにお伝えしたいことを発信するブログです。


北海道の「へそまがり」

話: 齊藤千鶴子学芸員×金子信久学芸員

ついにオープンしました。へそまがり日本美術展@札幌。本展企画者の府中市美術館の金子信久学芸員は、開幕前から札幌入りし、作品の展示に立ち合い、開幕の日には講演も行いました。というわけで、図録編集チームも東京から行って参りました! そして、開幕準備真っ最中の北海道立近代美術館の齊藤千鶴子学芸員と金子学芸員に対談を依頼し、北海道の「へそまがり日本美術展」(以降、「へそ展」と略)の見どころについて、伺いました!

──夏休みを挟んだ、この季節の展覧会、他にも色々候補があったかと思うのですが、その中からなぜ、「へそ展」の開催を決めたのでしょうか?

齊藤千鶴子(以下、齊藤) まずは、「へそまがり日本美術」という企画の「楽しさ」「面白さ」が魅力的だったからです。単純な言葉でひとくくりにはできませんが、へそ展の持つそうした要素が、私たちが今、美術に求めるものと合致した、というところが大きいと思います。

──普段、北海道立近代美術館では、どのような展覧会が開かれているのでしょうか?

齊藤 道立館は6館あります。札幌には今回、へそ展の会場となったここ北海道立近代美術館とすぐお隣の三岸好太郎美術館の2館、そして釧路、帯広、函館、旭川と各都市に1館ずつ。それぞれの館ごとにコレクションがあり、特徴も違うのですが、札幌はやはり北海道の中心地ですから、北海道全体を見渡して、各地方の規模ではできない大きな展覧会を開催する場、という位置づけにはなっています。

金子信久(以下、金子) ここは北海道の上野ですよね。

齊藤 そうなんです。ですから、これまでは日本美術というジャンルで言えば、由緒あるお寺の宝物展であったり、あるいは横山大観や東山魁夷といった近代の有名画家ひとりを取り上げた、大型の展覧会が開かれてきました。ですから、今回のように、近世の作品でもいわゆる南画や俳画といった世界を真正面から捉えて扱う展覧会は、今までなかったのです。初めての試みです。

──齊藤さんは、初めて「へそまがり日本美術」をご覧になったときに、美術に対して「へそまがり」という表現を使うことを、どう思われましたか?

齊藤 仙厓とか白隠のような画家を「へそまがり」と呼ぶことは、当初からとてもよくわかりました。一方、フランスのアンリ・ルソーや三岸好太郎などの日本の近代絵画が入っていることを初めは意外に思いましたが、金子さんの解説を読ませてもらって「確かにそうだ」と、納得させられました。三岸は北海道では、大変馴染み深い作家ですので、その三岸が「へそまがり」のラインナップに入っていることで、へそ展と北海道との強いつながりも感じました。

白隠慧鶴《楊柳観音》は北海道展のみに出品される作品。写真は部分。

金子 北海道には、三岸を愛して止まない方がいっぱいいるでしょう。

齊藤 はい、根強いファンの方がたくさんおられます。でも、三岸好太郎美術館には、北海道だけでなく、全国から三岸ファンの方が訪ねてきてくださるんですよ。

金子 三岸ファンの方たちから、三岸を「へそまがり」とは何ごとか、と言われてしまいそうです。三岸はロマンチックなイメージもありますから。

齊藤 確かに、ロマンチックなエピソードが取り上げられることも多いですが、今回、展覧会をご覧になれば、「へそまがり」な側面もまた、三岸の魅力のひとつであるということに共感してくださる方も多いと思います。特に、ルソーの作品と一緒に見ることで、それがよくわかりますよね。

金子 大正時代、ああいう「素朴み」とか「稚拙み」というのは大流行し、いろんな人がそういう絵を描いたわけですが、今回の展覧会で、一番しっくりくるのは、三岸ですよね。わざと下手に描くって、実はとても難しいことなんだと思います。例えば、ルソーの周りにいた人たちって、今ひとつでしょう。ルソーは天然で、叶わないのかなあと思っちゃう。でも、三岸の初期作品は、ルソー風でありつつ、作品としてとても面白いんです。

齊藤 そうですよね。

金子 今回は、東京のへそ展ではお借りすることの叶わなかった作品が出るのも嬉しいことです。

齊藤 三岸好太郎美術館所蔵の《兄及ビ彼ノ長女》ですね。

三岸好太郎《兄及ビ彼ノ長女》北海道立三岸好太郎美術館蔵

金子 どうしてもへそ展に出品させていただきたい作品は3点ありました。《兄及ビ彼ノ長女》と《二人人物》《友人ノ肖像》です。三岸好太郎美術館さんも非常に協力的だったんですが、出品のお願いをした時には、《兄及ビ彼ノ長女》は年間予定のカレンダーに載せてしまっているから、ということでダメで……それで、《兄及ビ彼ノ長女》を除いて、《二人人物》と《友人ノ肖像》の2点を、へそ展に出品させていただくことになったんです。

三岸好太郎《二人人物》北海道立三岸好太郎美術館蔵 

齊藤 今回のへそ展には、《二人人物》が出品されずに、逆に《兄及ビ彼ノ長女》が出ることになりました。でも、《二人人物》は、お隣の三岸好太郎美術館でご覧いただけます。しかも、今回は北海道立近代美術館の常設展にも三岸が出ていますから、この界隈、ちょっとした「三岸まつり」になっています。

北海道立三岸好太郎美術館で開催中の「貝殻旅行 三岸好太郎・節子展」は、へそ展と同時開催。《二人人物》はこちらで展示されています。

金子 実は先ほど、三岸好太郎美術館に行ってきたのですが、《二人人物》の解説パネルに「ヘタウマ」という表現が使われていて、少しほっとしました(笑)。

──三岸以外に、今回のへそ展で、特に面白いと思われた画家は誰でしょう?

齊藤 やっぱり長沢蘆雪ですね。へそ展は、蘆雪の面白さ、上手さに改めて気づかされた展覧会でした。

金子 蘆雪は本当に上手いですよね。

齊藤 いろんな表現ができる画家なんですね。この章にあっても、もっと後ろの章にあってもいい。どこにあっても蘆雪の個性がちゃんと出ているんです。かわいい子犬の絵でも、《郭子儀図》のような中国の歴史に題材をとったような絵でも、あっさり描いた作品でも、描き込んだ作品でも、どんなタイプの作品にも蘆雪らしさがすごく表れていて、そこに魅力を感じました。画家の振幅の広さを感じさせます。筆の運びを見ても、蘆雪は本当に上手いですし。

長沢蘆雪《郭子儀図》

──齊藤さんは、書がご専門ですね。

齊藤 ですから、絵画を見ていても、ついつい筆の運び、筆づかいに目が行きます。

金子 《郭子儀図》は蘆雪の字がたくさん見られる珍しい作品ですね。蘆雪は自ら絵に賛(注:絵の中に書き入れた文字)を書くことがあまりなく、蘆雪直筆の字は、落款(注:サイン)でしか見られません。

齊藤 そうですね。流麗なとてもいい字です。

長沢蘆雪《郭子儀図》より蘆雪の賛の部分。

金子 仙厓の書をどうご覧になりますか? 仙厓は能書家でしょう。

仙厓《豊干禅師・寒山拾得図屏風》(幻住庵蔵)より左隻

齊藤 蘆雪とはまた違う良さですよね。蘆雪はどちらかというと、和様ですが、仙厓は唐様(注:中国風)なんですね。豪快さ、豪放さを持っていて、真似のできない字です。豪放な字と言えば、遠藤曰人もすごいですね。非常に面白い作家だと思いました。

金子 へそ展を東京で開催したときに、仙台市博物館の方が、遠藤曰人が初めて白川の関を越えて東北を出る、とおっしゃっていました。今度は、初めて海を越えたのかもしれませんね。曰人は、本当に書もいいですね。

齊藤 書と絵のギャップがすごいですね。筆圧が全然違います。書の方が得意なのかな、絵は考えながら描いているのかな、と想像しながら楽しんで鑑賞できます。

遠藤曰人《蛙の相撲図》仙台市博物館蔵

金子 考えながら描いて、これ、という……(笑。

──こういう時、書を先に書いてから、絵を描くのでしょうか?

齊藤 普通は絵が先で、書が後ですよね。

金子 そうですねえ。後のような気がしますね。

齊藤 明らかに、書と絵で筆も違いますしね。書の方は太い筆を使って、すごい筆圧でガシガシと書いているのに、絵は細くてこのゆるゆるさ加減で……。ガクッときちゃいますよね。一方で、同じ曰人の《ぼんぼこ祭図》を見ると、こんなふうに上手にも描けるんだなと不思議な感じがします。

──《ぼんぼこ祭図》、賛も曰人が書いたのですか?

遠藤曰人《ぼんぼこ祭図》仙台市博物館

齊藤 この賛は、後世の人が曰人のことを書いたものですが、それによると、曰人は「孔子や紀貫之や王羲之とか芭蕉に会いに行く」と言って亡くなったそうです。時世の句がそれ。すごい人ですよね。大物なんだなと思いました。

金子 変わった、面白い人物だったようです。俳人でありながら長刀の達人で、対馬から釜山浦まで船橋を架けようとしたとか……。

──曰人は《「杉苗や」自画賛》もありますね。

齊藤 私は名前に「鶴」の字が入っているせいか、ツルの絵がとても気になるんです。今回、ツルの絵がいくつかあって、曰人の《「杉苗や」自画賛》もとても面白いのですが、中でも、へそまがり的には稲葉弘道の《鶴図》がナンバーワンかなと思いました。「へそまがり」というキーワードからいくと、一番ですよね。ああいう姿勢のツルの絵は、初めてではないでしょうか。

稲葉弘道《鶴図》

金子 あんなツルの絵は見たことないですよね。

齊藤 ツルだけを抜きで見ても面白いですが、この枝にいる佇まいも面白いですよね。こんなところにいるんだ、と。

金子 雪が積もっていて、梅の枝や紅梅にも雪が積もっていて、すごくいい雰囲気なんですよね。

──どのあたりに「へそまがり」の心を感じますか?

齊藤 まずはポーズです。こういうツルがいるのか、と。もしかしたら、こういうポーズを見たのかなと思うんですが。全体のバランスも、ずん胴な感じのツルで、独特ですよね。足の向きも逆じゃないか、どっち向きなのかな、と考えてよくみてみると、これは後ろ姿なんですね。とにかく、色々と考えさせられます。

金子 ポーズの面白さに目が行きますが、実は、素晴らしく美しい絵でもあるところが魅力だと思います。図録のために、床の間で撮影した時、非常に綺麗で驚かされました。

金子 「北海道のへそまがり」コーナーも、今回のへそ展の見どころですね。

齊藤 東京のへそ展には出なかった、北海道ならではの「へそまがりな作品」を出品しようということになった時、まず、頭に浮かんだのが片岡球子でした。

家光コーナの奥に展示された片岡球子《面構 浮世絵師歌川国芳と浮世絵研究家鈴木重三先生》(北海道立近代美術館蔵)。

金子 この球子は迫力があって、ものすごい作品です。へそ展の人気者のひとり、歌川国芳がテーマの絵ですね。

齊藤 戦国武将や禅僧、浮世絵師などをテーマにした球子の代表作、「面構」シリーズのひとつです。4枚に分けて書いてあるのですが、一枚ずつ、背景の色も違ったりします。水の中にいるように見えますよね。その前に国芳と浮世絵研究家の鈴木重三先生がいる、という、何ともユニークな構成です。

片岡球子《面構 浮世絵師歌川国芳と浮世絵研究家鈴木重三先生》北海道立近代美術館蔵

──どうして浮世絵研究家がここに登場するのですか?

齊藤 球子は、浮世絵に関心を持っていて、浮世絵から学んでいるんです。面構シリーズでは、この国芳のほか、北斎も描いているんですけど、球子は、浮世絵師というよりは、浮世絵そのものにも関心が高くて、自分の絵の中にも取り入れたんです。それで、浮世絵の勉強をするために、鈴木先生に直接、教えを乞うて、色々見せてもらったりしていたらしいんです。

金子 これを見た時、鈴木重三さん、何て言ったんでしょうね。

齊藤 どうでしょうね。でも、「面構」シリーズの中では、この鈴木先生のお顔はすごく整っている方だと思います。球子は普通デフォルメがすごいのですが、この鈴木先生はそこまでデフォルメせず、凛々しく描かれています。

金子 球子以外にも、蠣崎波響をはじめ、北海道ゆかりの面白い作品があって、それが展覧会の結びにあるのが、とてもいいと思いました。東京で一度へそ展をご覧になった方も楽しめますし、作品のセレクトが、ちょっとしたおさらいになっているんですよね。前の章で紹介した、寒山拾得や獅子が出てきたり、三岸に通じる、ヘタウマ的描き方の作品があったり……。とにかく、たくさんの方に、改めて見ていただきたいと思いました。

北海高等女学校で教鞭を執ったほか、北海道美術協会展日本画部の創立会員として北海道の日本画の発展に尽力した白青山(つくも・せいざん)による《寒山拾得》(部分、北海道立近代美術館蔵)
竹内健《フライルフクトール》(北海道立近代美術館蔵)もルソーを思わせる“ヘタウマ”風の作品。

齊藤 ありがとうございます。北海道は楽しいものや目新しいもの、新鮮なものを求める空気のある土地柄です。ですから、新聞広告やポスターなどをご覧になって、「〈へそまがり〉ってなんだろう?」と思って、足を運んでくださっている方が多いようです。

金子 今日も、親子連れのお客様の姿をお見かけしましたが、夏休みですから、ぜひ、子供たちにも見ていただけたらいいですね。

9月1日(水)の閉幕まであと33日! ぜひ、面白いものをご覧に、北海道立近代美術館へ足をお運びいただけたら幸いです。

(図録編集チーム、久保)

展示の周辺あれこれ

北海道初上陸の「へそ展」開幕以来、札幌では好天が続いています。気温もどんどん上昇して、道産子としては、参りました、もうごかんべんを、というレベル。でも、美術館の展示室は、作品保護のために温湿度が設定されていますので、屋外の暑さとは別世界、かなり涼しく感じられるかもしれません。ちょうど本展の第1章タイトルは「別世界への案内役 禅画」なのでした。もちろん心頭滅却しなくても、充分に空調効いてます。どうぞ涼みに、いや、ご鑑賞においでください。

その展示室をご案内しましょう。 とはいっても、作品紹介ではなく、ちょっとその周辺をめぐります。

どんな展覧会においてもいえることですが、作品の展示というのは、学芸員にとって最も力を注ぐことのひとつで(渾身といってもよい)、計画から準備、現場の作業まで、微細に気を配り、そしてやりがいのあることですね。

まずは作品の安全と保護が第一。ケース製作や照明などもそれを踏まえて行います。 今回はほとんどの作品がケース内での展示。当館のもともとの設備だけでは十分ではないので、特別に日本画(屏風・掛軸)用の展示ケースを15台製作しました。

▲LED照明(調光機能付)を組み込んだ展示ケース内部

ケース内、壁面とも全般に照度は低めとしていますが、作品によりさらに照度を抑える場合もあります。

▲右端が照度を低くした照明(50ルクス以下)。右2点は油彩画(約100ルクス)。 (ここは萬鉄五郎の作品コーナー)

さて、より良い鑑賞のために、解説パネルも作成します。作品解説、作家解説ともに府中展での原稿を使わせていただきましたが、札幌の会場の展示にあわせて、パネルの大きさや、文字の書体など、東京の制作チームにデザインを依頼し、いろいろと試行錯誤しました。 やや暗めの展示室内でも、多様な年代の方にも読みやすく、と考えました。

▲「作家解説」「キャプション(題名パネル)」「作品解説」の順に設置。文章が多いときはパネルの天地を伸ばし、大中小の3種類制作。

▲北海道展で追加された北海道関連作家のコーナー。新たに解説を加えました。熱が入って少し多めに書いたのでパネルも大きめ。ミシミシになっていますがご寛容を。

ところで、昨今のコロナ禍では、これまでになかった展示室内のサインも必要になったりします。

▲展示ケースの前の床にある白い丸印にお気づきでしょうか? 観覧の方々が互いの間隔をとれる目安となるよう、約2mおきに貼られたフットマークです。

▲白い(ややベージュ)円形のラベルです。

このフットマーク、よく見ていくと、ときどきこんなマークもあります。

▲後期の出品作品、長沢蘆雪《なめくじ図》から画像をいただきました。苦手な方はそっと距離をお取りください。

展示室のどのあたりにいるかは、なめくじさんまかせです。いつのまにかしのびよってくるかどうかはわかりません。足元ばかり見ていると、作品の鑑賞ができませんね。

展覧会を見終えて出口にくると、図書コーナーがあります。 北海道立図書館と連携したもので、同館蔵書から、展覧会に関連した図書や画集、美術雑誌などを選定展示し、閲覧できるコーナーです。もちろん企画者の金子さんの著書も選ばれています。

長くなりましたが、展示とは関係ない蛇足もあります。 当館には、東西に門があり、それぞれの門に、展覧会の表示看板を設置しています。 東の看板がこれ。

西門にはこの看板

東から入るか、西から入るかで、看板の見え方がちょいと違います。でも、だからどうした、というわけではありません。ほんとうに蛇足なのでした。

(北海道立近代美術館、地家)

開幕しました!

本日、「へそ展」が開幕しました。

夏空が広がり、朝から気温が上がった札幌ですが、開館前から並んでお待ち下さるお客様の列に、スタッフ一同、感謝の思いでいっぱいに-。

午前中、本展企画者の府中市美術館学芸員・金子信久さんをお迎えし、「へそまがり日本美術 禅画から家光まで」と題して、90分にわたる熱いご講演をいただきました。

日本の美術史上には、数百年も前から「へそまがり」な感性や精神によって生み出された作品があり、現代にいたるまで、各時代、各地域に点在していること。

その作品を、面白い、楽しいと感じ、受け容れる人々にも「へそまがり」な感性や精神があり、だからこそ「へそまがり日本美術」は連綿と生まれ、伝えられてきたこと。

また、ひとくちに「へそまがり」と言っても、いろいろなタイプがあること。

たとえば、多くの人が好むきれいなものや美しいものではない題材を選ぶ「へそまがり」。

多くの人が好む題材でも、突拍子もない造形や構図をほどこしてしまう「へそまがり」。

さらに、本当は上手いのに下手に見えるように描く、とか、周りがどんな評価をしようと自分はこう描きたいから描くのだ!という、描き方の「へそまがり」。

そんな、多種多様な「へそまがり」供給が、「もっとおかしくて、風変わりで、面白いものを見てみたい」という「へそまがり」需要と響き合ってきた歴史があるのかと思うと、感慨はひとしおです。

そして、「へそまがり日本美術」には、芸術で凝り固まった頭をほぐし、勇気を与えてくれる、といった素晴らしい効能も-。

金子さんのあたたかい言葉で語られる「へそまがり日本美術」の悩ましくも輝かしい魅力は、きっと、誰しもがもっている「へそまがり」な感性にまっすぐ届いたことと思います。

金子さん、ご来場のみなさま、本当にありがとうございました。

たくさんの方々のお力添えをいただき、夏の北海道に上陸した「へそ展」。

一人でも多くの方に楽しんでいただけますように!と、心から願っています。

(北海道立近代美術館、齊藤)

若冲の「振り幅」

へそ展には、超有名な画家から知る人ぞ知る画家まで、総勢50人を超える画家の作品が出品されます。中でも、“花形”のひとりは、伊藤若冲で、彩色のある《伏見人形図》が2点に、《鯉図》《福禄寿図》2点の水墨画、計4作品が出品されます。若冲といえば、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する「動植綵絵」のような、どぎつい色彩と超絶技巧の細密描写をイメージする方も多いかもしれませんが、へそ展の若冲はちょっと違います。どうして?? ──というわけで、「へそ展の若冲」について、へそ展企画者である、府中市美術館の金子学芸員にいろいろと聞いてみました。

──へそ展の若冲は4点。ちょっと少なめですよね。

金子信久学芸員(以下、金子) そうかもしれませんね。そもそも、私が通常担当している府中市美術館の春の「江戸絵画まつり」では、毎回、どうしても「若冲」がほしいと思って出しているわけではないんです。あくまでテーマありき。けれども、若冲はやっぱり魅力的な画家で、しかもアイデアが豊富で創作の幅が広いので、いろいろなテーマに引っかかってくる、というわけです。

▲へそ展に出品される《福禄寿図》(後期展示)
▲へそ展に出品される《鯉図》(前期展示)

──今回は、「へそまがり」な若冲を選んだ、というわけですね。

金子 若冲は本当に「へそまがり」な画家だと思います。あれほどの技術を持ちながら、《伏見人形図》のようにあえて素朴な絵を描いたり、《福禄寿図》のように突拍子もない造形を描いたりするのですから。《鯉図》も面白いですよね。鯉なんて古くからたくさん描かれてきましたが、こんなにびっくりするような形の鯉の絵は、それまでには全くなかったのですから。今回は、「動植綵絵」のような細密な絵を仕上げた若冲とは異なる、ゆったりとしたユーモアあふれる若冲の一面を楽しんでいただけたらと思いました。

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▲《伏見人形図》(前期展示)。素朴な造形ですが、とても美しい作品です。

──若冲は「動植綵絵」が有名ですが、展覧会によっては、初めて見る作品もたくさんあって、とても面白い画家ですね。今回の《福禄寿図》もへそ展が展覧会初登場の作品ですが、これまでにも金子学芸員の展覧会でデビューした若冲はたくさんありますよね?

金子 そうですね、府中市美術館の「江戸絵画まつり」で一般初公開となった作品はいろいろありますが、なかでも《河豚と蛙の相撲図》は思い出深い作品です。あの絵は、「かわいい江戸絵画」展(2013年)の開幕直前に、作品借用の時に借用先で拝見したのです。その場ですぐに出品を決めました。けれども図録はすでに出来上がっているタイミングだったので、別刷りで作品解説を作って、図録に挟み込んだことを覚えています。

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▲展覧会後に発売された書籍版『かわいい江戸絵画』には、《河豚と蛙の相撲図》を収録しています。

──《河豚と蛙の相撲図》は今では京都国立博物館の人気作です。

金子 出世してくれて嬉しいかぎりです。

──あの作品には、若冲のサインがありませんね。

金子  はい。ハンコだけ押されています。若冲の水墨画はたくさんありますが、サインや年齢が書かれているものは非常に少ないのです。若冲には何人も弟子がいて、若冲の制作を手伝っていたのではと推測する人もいますし、研究者の中にはハンコしかないものはその工房での作ではないかと考える人もいます。そもそも、江戸時代のほかの人気画家の例からみれば、弟子が手伝っていた可能性が無いとはいえませんが、文献的な根拠はありません。けれども、《河豚と蛙の相撲図》が若冲の作であることを疑う研究者はいないでしょう。

──若冲の水墨画はたくさんあるわけですが、描き方は同じなのでしょうか?

金子  大まかに見ればだいたい同じですし、細かく見ればいろいろです。同じ図柄の絵をいくつも描いていますが、少しずつ描き方を変えてみたりしています。それに出来栄えの違いもあります。そりゃそうですよね。むしろ、同じ図柄の水墨画をいくつも比べてみて、若冲の試行錯誤や筆をとった時の気分の違いを想像してみるのも、楽しい見方かもしれません。

──出来栄えの違いがあって当然という意味でしょうか? テレビや漫画などではよく、鑑定士のような人が作品をパッと見て「うーん、筆の冴えがないから偽物!」というような場面が出てくるようなイメージがあります。

金子  確かに、時々「筆の冴え」がどうこうというようなことを言って、それで真贋とか弟子の作かどうかを決めたがる人もいるようですが、作品をたくさん見れば見るほど、そんな単純な判断なんてできないことに思い至ります。若冲に限らず、どんな画家でもそうですが。

──そういった点も含めて、改めて若冲の魅力はどこにあるのでしょうか?

金子 動植綵絵のような細密でがっちりしたものを描いたかと思えば、へそ展に出ている《伏見人形図》や《福禄寿図》、《鯉図》のような、おかしな絵を描いたりと、その振り幅の大きさもいいですよね。それは時に、見ているこちらが困惑するほどですが、そこが魅力になっているんです。それと、若冲といえば、篤実な仏教徒で、絵のことばかり考えた、というイメージを持つ人が多いようですが、若冲は意外に人を笑わせたり、和ませたりという、サービス精神たっぷりな画家だったと思います。私は、何よりもそこが大好きです。

▲へそ展に展示される《伏見人形図》(後期展示)。

以前どこかで、「筆の冴え」のような印象だけで作品の良し悪しを語るのを耳にして、なんだかモヤモヤした記憶があったのですが、金子学芸員の説明を聞いてスッキリしました!

若冲を山ほど見てきた金子学芸員が、「へそまがり」をキーワードに選りすぐった若冲4点、本当に面白い作品です。ぜひ、展覧会場で実物をご覧ください。(図録制作チーム、久保)

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